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2007年6月18日 (月)

私の農園参入記 その1

 この日記は加筆訂正が終われば、私のホームページ等に移設することがあります。 

 私は平成17年4月から市内某所で農園を借りています。同所がなぜ空いていたかというと数年間、耕作が放棄された場所であり、背丈ほどのセイタカアワダチソウが伸びている場所であったからです。
  ということで文字通り復旧作業であった。毎日草刈りをして鍬を土に打ち込み、ヨモギやスギナの根を丹念にひとつひとつ除去した。
  石ころも拾い出して農道にまとめて置いた。開墾が終わって畝が出来たところから少しずつ私は野菜や花の苗を植えていった。

Dsc06603 同地は山肌を削って開拓した畑地であり、水の確保に苦労した。吸水管は1箇所。これを農園の耕作者が交代で利用する。
私は安価なゴミバケツ(大)を10基、設置した。みんながこれを利用した。夏に吸水管のポンプが1週間も故障したときには、備蓄の水とペットボトルのリレーで急場をしのいだ。

 私はアパート暮らしに移ってからは草花やハーブをプランターで栽培していたため、夏の暑さでやられて減少していたハーブ達を畑に移設した。ある品種は生き残り、ある品種は絶えた。

 農園は自然が堪能できる。6月の夕暮れにはサワボタルを見ることが出来、7月にはクワガタムシが飛来する。星を見上げ飛行機が飛ぶのを見て帰路につく。

自然を相手に奮闘することによって私は本来の自分を取り戻しつつあるように思う。
 ある夏の日の夕食などは、ミニトマトを洗わずに生で直接口に放り込む。これが本来の農業の姿というものではないか。

  そういうとき私は農家の大黒柱であった父方の祖父を思い出す。寡黙であったが毎日勤勉であったその姿を。 祖父は土と対話し、農作物と対話していたはずだ。 
  私の小さな頃は、本家には土間とカマドがまだあった。1頭だけだったが和牛もいた。

 今、私は言葉ではうまく言いあらわせないけれど・・・・・・・・。その答えはこれから見つかるはずだ。

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